魚の養殖というとどんなイメージをお持ちでしょうか?
養殖臭くておいしくない、天然ものよりも劣ったもの、いろんな薬漬けになっていてなんとなく危ないもの、そんな負のイメージをお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか?
しかし現在ではむしろ養殖魚のほうが高値で取引されている魚もあったり、天然と養殖の値段の違いがほとんどない場合があります。
最近では『近大マグロ』や『みかんブリ』『かぼすブリ』など、ブランド化されて付加価値を持った養殖魚も多く出回るようになりました。
では、こうした養殖魚はどのように生産され、なぜ『養殖なのに天然よりも高値で取引される』ようになるのでしょうか。その理由を、生産方法や流通方法などから解説していきます。
今回の流通モデルケースは、国内の生産地の養殖業者から国内最大の卸売市場である豊洲市場を経由し、東京都内の鮮魚店で販売されることを想定しました。
養殖には2つの方法がある
養殖というとどのような食材を思い浮かべるでしょうか。マダイやブリ、サーモンやマグロ、ウナギなどが最初に挙がる方が多いと思います。
意識されることが少ないですがカキやホタテ、ノリやホヤなども代表的な養殖食材です。こうしたカキやホタテなどの貝類、海藻類は餌を与えない養殖方法であることから、『無給餌養殖(むきゅうじようしょく)』と呼ばれます。そしてマダイやマグロ、ウナギなどの魚類は餌を与えて大きく育てます。こうした養殖方法を『給餌養殖』といいます。
ちなみに、現在の食品表示では養殖されたものには魚種名のとなりに(養殖)と表示することが義務付けられています。
しかし、カキやノリなどに(養殖)と表示されているのを見たことがない方は多いと思います。なぜなら、『「養殖」とは、幼魚等を重量の増加又は品質の向上を図ることを目的として、出荷するまでの間、給餌することにより育成することをいう。』
と定義されているからなのです。(厚生労働省webサイトより)
つまり、養殖していても無給餌のものであれば養殖の表示は必要がないのです。養殖という単語に安っぽさや不安感を持つ消費者が多いことから、無給餌養殖で養殖表示されている食材は非常に少ないように感じます。
養殖魚はどのように生産されているのか?
養殖魚の価格はどのように決まっているのか、なぜ天然魚より高くなるのかを見ていきましょう。今回は代表的な養殖魚であるマダイを例にとります。
いけすを設置する
魚を養殖するにはもちろん当然ですがいけすや池など、魚の生息地となる場所が必要になります。日本では海にいけすを浮かべる方法が多くとられます。
台風や高波があったときに魚が逃げ出してしまっては大事な収入がなくなってしまいます。いけすは金属製で丈夫なものが作られます。ここでまず大きな費用が発生します。
種苗を入手する
そしてもちろん必要になるのが育てる対象となる魚。育てる前の稚魚は植物と同じように『種苗(しゅびょう)』と呼ばれます。
この種苗ももちろんタダではありません。マダイの場合は完全養殖(卵から稚魚を育て、成魚からさらに卵をとって次の世代を育てる養殖)が可能ですので、種苗は『種苗生産業者』から購入するのが一般的です。
『近大マグロ』で有名な近畿大学も種苗生産業を行っており、なんとマダイでは日本国内の25%、シマアジでは70%のシェアがあるのだとか。
種苗生産業者は牛、豚、鶏などと同じように日々魚の品種改良を行い、より美味しく健康に早く育つ魚を提供しているのです。品種改良といってももちろん体になにか細工をするのではなく、健康で優秀な魚を大きく育て、より良い子孫を残すことを意味しています。
完全養殖が現在のところ技術的に不可能な魚の場合は、天然種苗(てんねんしゅびょう)を漁師などから購入します。
天然種苗はどこにでもいくらでも存在するものではなく、たとえばウナギならご存知のように稚魚である透明な『シラスウナギ』を夜中に1匹ずつ採取したり、ブリなら春のわずかな期間に黒潮に乗って流れ藻(ながれも)という海に漂う海藻などに寄り添っている稚魚『モジャコ』を網で漁獲し、港まで運んで健康な状態に維持して出荷されます。
この時点で養殖魚には非常にコストがかかっていることがわかります。とくにウナギの種苗は1kgあたり数十万円にもなることがあります。1尾あたり数百円もする魚を育てていくんですね。
いけすに入れて育てる
仕入れてきた種苗を、海に浮かべたいけすへ導入し、流れの穏やかな湾内などで餌を与えて育てていきます。魚種にもよりますが、マダイであればいけすへの投入から出荷サイズの1kg以上になるまでおよそ2年はかかります。
さらに、いけすへ海の中にありますので、毎回餌を与えるために小型の船でいけすの場所まで行くのにも燃料代や船のメンテナンス代がかかります。
当然のことながら餌を安定的に与えるためには餌を製造・販売している飼料会社から仕入れることになります。ここでさらにコストがかかります。
成長している間に、育てている湾内で台風や赤潮や青潮などプランクトンの異常発生による被害や、台風による魚の脱走など自然の影響を受けて魚が減ってしまったり、病気になって魚が死んでしまうなどのリスクもあります。
では次に、魚の餌について解説します。
養殖魚の餌料(じりょう)
魚の養殖に使用される餌は『餌料(じりょう)』や『飼料(しりょう)』と呼ばれます。
この二つは同じ意味にとられがちですが、『餌料』は生や冷凍の小魚、プランクトンなどそのまま与える餌、『飼料』はこの先に説明する人工の餌のことを表すことが多いです。
とくに魚は生まれた直後やから数cmまで大きくさせる際には人工の餌を食べません。シオミズツボワムシなどのプランクトンを培養して与えるのですが、こうした餌のことを『初期餌料(しょきじりょう)』と呼びます。
次の項目で、それぞれの餌について解説します。
生餌(なまえさ)
養殖において基本となるのは生餌(なまえさ)です。生餌はその名のとおり生の魚です。漁獲されたイワシやキビナゴやイカナゴ(コウナゴ)、人間の食料に向かないような小さいサバ、エビやイカなどを生餌に用います。
生餌は産地市場に水揚げされたのちセリにかけられ飼料会社や養殖会社が購入します。単価としては人間の食用のサバが1kgあたり数百円で販売されているとしたら、餌用のサバは数十円程度で落札されるようなイメージです。
毎日安定して生の餌が手に入るわけではありませんので、たいていはブロック状に凍結された生の魚やエビ・イカなどを解凍して魚に与えています。
近年ではこうした生の小魚が需要増や資源量減少のために高騰しており、海外から輸入する場合もあります。
生餌は安価で手に入る一方、デメリットも大きいものです。相場によって価格が変動することや安定して手に入らないため冷凍設備が必要だったり、生餌の鮮度や餌となる魚自体の栄養状況など品質が安定しない。
また、沈みやすく魚が食べ残しをしやすい・内臓など腐りやすい部位も含むため漁場環境を汚してしまう、などの理由から人工飼料に転換していくことになります。
かつて『養殖魚は養殖臭い』と言われていた理由も生餌を与えていたことにあります。昔はイワシが豊漁だったため、イワシが生餌のメインに利用されていました。そのイワシの脂からくる臭いが養殖魚に影響し、『養殖臭い』原因になったのです。
人工飼料
生餌のデメリットを補うものとして、人工飼料が開発されるようになりました。その原料となるのは『フィッシュミール(魚粉)』です。フィッシュミールは簡単に言えば魚を乾燥させて粉状に砕いたものです。
フィッシュミールも魚を原料としていますので、魚の資源量が減ってきたり需要が大きくなると価格が高騰します。2010年代に入り世界的に魚の養殖が広く行われるようになってきました。サーモンやマグロのほか、ティラピアやミルクフィッシュ(サバヒー)などが代表です。
そのためフィッシュミールの価格が高騰しており、日本国内の養殖業界にとっては大きな課題となっています。国内や海外から入荷したフィッシュミールを使って、下記のような種類の飼料(ペレット)が製造されます。
モイストペレット(MP)
モイストペレット(MP)はその名のとおり湿った餌です。生餌とフィッシュミール、成長に必要なビタミンなど飼料添加物を加えて製造されます。
ドライペレット(DP)
モイストペレットよりもさらに栄養価を高く、乾燥させることで長期間の保存を可能にしたのがドライペレット(DP)です。
エクストルーデッドペレット(EP)
現在の主流はこのエクストルーデッドペレット(EP)に移っているようです。これも栄養を添加して成形した固形のペレットです。
エクストルーデッドペレットは高温・高圧をかけて製造されるため多孔質(たこうしつ)になり、餌を投入した際にしばらく水に浮いてからゆっくり沈むため、これまでのペレットよりもさらに食べ残しが少なく漁場への負担が少なくなりました。さらに消化吸収もよく、保存性も高まっています。
餌の価格はそのまま魚の価格に影響する
続いて、養殖魚の価格がどう決まるかを解説します。
養殖魚は前述のとおり餌を与え続けるため、出荷までの餌の量がそのまま販売する価格に反映されます。
増肉係数とは?
増肉係数とは、魚が1kg太るのに必要な餌の量を表します。水産庁のデータによるとマダイの増肉係数は『2.7』です。つまり、マダイを1kg太らせるのには2.7kgの餌が必要ということです。
増肉係数が低いほど餌から肉になる分量が多いため、養殖の効率が良いといえます。
大人気のサーモンは増肉係数が『1.2』
いま世界的に人気のアトランティックサーモン(標準和名:タイセイヨウサケ)はなんと増肉係数が『1.2』だそうです。とても効率的な養殖なんですね。養殖魚はこうしてより増肉係数の高い種苗を開発すべく毎日工夫が続けられています。
養殖魚の流通
養殖魚はこうして生産地で出荷サイズまで育てられたのち、全国の消費地へ出荷されていきます。
出荷まで数か月~数年かかるものも
マダイなら800gから2.5kgくらいまでが出荷サイズになります。このサイズまで成長するには20か月もの期間が必要です。ブリなら24か月以上、マグロならさらに長い養殖期間になります。
最近日本国内でも積極的に養殖されるようになった『ギンザケ』は、増肉係数も低く(1.5)養殖期間も5か月と短いです。水温が20℃を超えるとギンザケの養殖に適さないため、冬の間にいけすへ入れ初夏に出荷を終える流れです。
活魚または活〆で市場に出荷される
養殖魚は成魚サイズまで育てられた後、活魚(かつぎょ)や活〆(いけじめ)で輸送されます。活魚を運ぶには『活魚車(かつぎょしゃ)』という専用のトラックが使用されます。
天然魚が養殖魚よりも安値がつく理由
一般的には養殖の魚よりも天然の魚のほうが高級、値段が高いと思われがちです。しかし、一概にそうともいえないのが鮮魚流通の不思議なところなのです。
天然魚は漁獲量が読めず大量に漁獲されることがある
天然魚は日本全国、どこでどのような魚がどのくらい水揚げされるかまったく予想ができません。そのため、相場が急激に崩れることがあるのです。
そういった場合、天然の魚が安くなることがよくあります。一方、養殖魚は出荷量をある程度調整することができるので相場の暴落が発生しにくいということができます。
養殖魚のほうが鮮度が良い!?
天然の魚はごく一部の高級魚でない限り、ほとんどが網で漁獲された際に死んでしまうため鮮度の劣化が始まります。
一方養殖の魚は活魚や活〆で流通するため、非常に鮮度が良い状態で流通していることが多いです。
注目の養殖魚ブランドを紹介
かぼすブリ
『かぼすブリ』は大分県で生産されている養殖ブリです。餌にかぼす果汁を配合しており、色変わりが遅くなり、食べるとほんのりとかぼすの香りがするのが特徴です。
プライドフィッシュにも認定されており、大分県臼杵市(うすきし)や佐伯市(さいきし)などで養殖されています。
愛美寿真鯛(えびすまだい)
『愛美寿真鯛(えびすまだい)』は愛媛県宇和島市で養殖されているマダイです。
養殖期間はすべてEP(エクストルーデッドペレット)で育てています。出荷一年前からいけすを遮光して育てることで、マダイ特有の赤色を引き出しています。
一尾ずつ研究を重ねた神経〆を施しているので鮮度も抜群。まだ知名度は低いですが、これから有名になるかもしれません。
養殖魚は未来のあるこれからの産業
ここまで記事をお読みくださりありがとうございます。天然の水産資源がどんどん減少しているわが国では、これから養殖業はさらに重要な産業になってきます。
一人でも多くの方に養殖の重要性や本当のことを知っていただきたいと思います。