はじめに
アナゴ、(標準和名:マアナゴ 学名:Conger myriaster)は、その豊かな味わいから寿司ネタや和食に非常に人気のある魚です。主に白焼きや煮穴子、焼き穴子に加工され、今や江戸前寿司や和食に欠かすことのできない食材となっています。
しかし、天然のアナゴは日本近海から激減しています。そして現在、その需要を満たすためにアナゴの養殖研究が各地で行われています。この記事ではアナゴの養殖事業についてや産地、完全養殖が可能か否か、蓄養、養殖のメリットとデメリット、寄生虫の有無について説明します。
アナゴの基礎的知識
アナゴはウナギ目アナゴ科アナゴ属に属する魚類で、日本の水産業において非常に重要な魚です。にもかかわらず、その生態や産卵場所など生活史は多くの謎に包まれています。
アナゴは英語での名前をWhitespotted congerといいます。これは側線孔(魚の体側に走る細い線のようなもので、水圧や水流の変化を感じとる感覚器官)の周りが白色に縁取られてることから呼ばれています。千葉県などではこの点模様が棒はかりの目盛のように見えることから「はかりめ」と呼ばれることもあります。
アナゴは日本沿岸のほぼ全域、朝鮮半島の沿岸、東シナ海などに広く分布しています。穏やかな内湾の砂泥地に生息しており、まれに300m以深の深海で発見されることもあります。
アナゴの幼生はレプトケファルス(レプトセファルスとも)と呼ばれ、透明で平べったく、成魚とは似ても似つかない外見をしています。これはアナゴの属するウナギ目カライワシ上目の特徴であり、ウナギも同じくこの形態を経て成長します。
アナゴはかつて日本沿岸の広い地域に分布しており、地域ごとに利用方法が異なる文化を持っています。高知県では幼生のレプトケファルスを珍味的に「のれそれ」と呼び珍重しています。また、江戸前の天ぷら店では小さめのサイズが好まれ、おおむね35cm以下のアナゴは「めそ」「めそっこ」と呼ばれています。
アナゴの産地について
日本国内では愛知県、愛媛県、兵庫県、山口県、宮城県などが漁獲量の多い地域となっています。
東京湾でも少量ながら漁業が行われているほか、釣りの対象として人気になっています。
全国のアナゴのブランド
長崎県対馬産の「黄金あなご」、千葉県の「大佐和漁協江戸前あなご」などが挙げられますが、全国的な知名度をもつには至っていない印象です。
ブランドを持つそれぞれの地域では、漁に使う筒の水抜きの穴を大きくして小さなアナゴを逃がすようにするなど、アナゴの資源を守る努力をしています。
外国産のアナゴ
日本国内の需要を満たすために、中国産や韓国産のアナゴが回転寿司などに使われることが多いです。開いたアナゴが生のまま輸入されることもあります。韓国からは生きたまま(活魚)の状態で輸入されることもあります。
回転寿司などでは中国で煮穴子に加工されたものが輸入され、そのまま寿司ネタに使うことが可能になっています。
日本と世界の養殖業の推移
世界各国、とくに中国や東南アジアでは年々養殖魚の生産量が増加しています。日本では養殖魚というとなんとなく天然よりもランクが低いイメージや、天然魚の代用としてのイメージをお持ちの方も多いと思いますが、それは世界的にはまったくの誤解です。養殖魚は寄生虫のリスクがなく、高品質な水産物を安定して生産できる技術です。
世界ではここ数十年で魚介類の生産量が増加し続けています。令和3(2021)年の世界の漁業・養殖業生産量は2億1,847万トンとなりました。4年前の平成29年(2017年)は2億559万トンであり、増加した分は海面養殖業・内水面養殖業(淡水での養殖業)です。
天然の魚介類を漁獲する海面漁船漁業は先進国を中心におおむね横ばいか減少傾向にあります。日本も顕著に漁獲量が減少しています。ウナギやサンマ、ホッケなどの不漁は皆さんの記憶に残っていると思います。
世界の水産資源は過剰に漁獲されている状態(乱獲状態)のものが増加しており、FAO(国連食糧農業機関)は、流通している主な魚の3分の2は、集団を維持できる以上のレベルで捕獲されていると指摘しています。水産資源の持続可能な利用が世界各国に求められているのです。
養殖業のトレンドについては以下の記事で詳しく紹介していますので併せてご覧ください。
世界では水産業は非常に成長している産業のひとつです。増加している生産量は、実は養殖によるものが大きいのです。海面養殖業と…
アナゴの完全養殖について
完全養殖とは、野生化から稚魚を捕獲して育てるのではなく、生物の生涯全体を人間が管理して、卵から成熟した大人まで養殖することを指します。魚の卵から始まり、卵から魚が孵化し、その魚が成熟するまで育てて、卵を産むまでの全過程を人間が管理します。
完全養殖が成功している魚種は多く、マダイ、トラフグ、ギンザケ、クルマエビ、アワビなどが挙げられます。
アナゴの完全養殖が難しい理由のひとつに、幼生であるレプトケファルス期の育成が難しいことが挙げられます。ウナギ同様に野生状況の生態が完全に解明されておらず、安定的に幼生期の餌を確保することが困難であることが完全養殖の最大の障害となっています。
しかし、クロマグロの完全養殖に成功した近畿大学が研究を進めており、将来的にはアナゴの完全養殖の実現が期待されています。これにより、将来的には天然資源の保護と持続可能なアナゴの供給が可能になるかもしれません。
蓄養について
蓄養とは、アナゴの稚魚を捕獲していけすで成魚になるまで育てる方法です。アナゴの蓄養は比較的簡単で、餌の管理と水質管理に気を付けることで、安定的に育つことが知られています。
アナゴを養殖するメリットとデメリット
メリット
天然資源の保全
日本のアナゴの漁獲量は過去数十年右肩下がりであり、その原因は主に日本近海の水産資源が減少しているからといわれています。このような状況の中、養殖は天然資源の枯渇を防ぐ有効な手段となり得ます。アナゴを養殖することで、一部の天然アナゴの漁獲量を補うことができ、海洋生態系への負荷を軽減することが期待されます。
安定供給
天然のアナゴは海洋環境や餌資源の影響を非常に強く受けます。不漁の年もあれば豊漁の年もあり、安定した漁獲量を確保することはこんなんです。また、季節や漁獲場所により脂のりやサイズ、味や鮮度が異なります。
しかし、養殖アナゴであれば適切な管理下で一年中育てることが可能で、安定した供給量を確保することができます。市場の要求するサイズや脂のり、鮮度をクリアしたものを安定供給できることは養殖の大きな強みです。
生産性や品質の向上
養殖アナゴは、飼育環境や餌の管理を通じて、その成長速度や品質を一定の水準で保つことが可能です。これにより、市場の需要に対応したアナゴの生産が可能となります。
マダイやサーモンなどは種苗(稚魚)の改良により成長が早くコストが安く、病気に強い種苗を生産できています。アナゴも生活史が解明し完全養殖が可能になることで、より生産コストが低く味が良い種苗が開発されるかもしれません。
デメリット
アナゴの完全養殖が実現していない
アナゴの完全養殖は未だ実現されていません。レプトケファルス期の育成が難しく、これが完全養殖の大きな障壁となっています。これに対応するためには、深い知識と高度な技術が必要となり、これが養殖の大きなコストとなっています。
アナゴの種苗は現在のところ天然種苗に依存しており、その確保が難しい状況です。
海への環境負荷が大きい
養殖魚は大量の排泄物を排出し、餌の一部は食べられずに水中に沈殿することがあります。これらが海の水質を汚染し、自然の生態系に影響を与える可能性があります。
また、養殖魚が何らかの理由で自然の水域に放出された場合、その魚が自然の生態系に影響を与える可能性があります。例えば、養殖魚が元々その地域にいない種や個体群であった場合、外来種問題となり、生態系のバランスを崩す可能性があります。
養殖施設の設立と維持には大きなコストがかかる
アナゴの養殖施設の設立には、広大な土地と施設、そしてそれらを維持管理するための人員と資金が必要です。これらの初期投資と維持費用は、商品の価格に反映され、消費者が負担することとなります。
世界的な配合飼料と魚粉価格の高騰
魚の養殖には当然のことながら餌代がかかります。そしてそのコストは養殖魚の生産コストの6割以上を占めていると言われており、餌代の高騰は養殖業の経営にとって死活問題です。
以下の表のとおり、世界的な水産物の需要増に伴って魚粉や配合飼料の価格は増大しています。魚粉に代わる代替飼料の研究開発も行われていますが、結局はコストの面で魚粉には及ばない現状です。
アナゴ養殖・蓄養の事例
例が少ないながらも、アナゴの養殖(蓄養)は各地で商業的に行われています。以下に事例を紹介します。
広島 大崎上島「内浦あなご」
広島県中央卸売市場の卸売業者『広島水産株式会社』が、広島サーモンを生産する『内浦水産』と提携し蓄養しているアナゴです。
内浦あなごは評価の高い対馬西沖の天然種苗を使い、海水を汲み上げ掛け流し式の陸上養殖場で蓄養しています。
天然ものに近づけるため、配合飼料を使用せずに広島県産の小イワシを中心に生餌の小魚を与えているそうです。
大阪府泉南市の「泉南あなご」
大阪湾に面する泉南市では古くからアナゴ漁がさかんで、アナゴ料理は家庭料理として人々に親しまれてきましたが、近年は漁獲量が激減しました。そこで泉南市と岡田浦漁協は、アナゴの養殖の技術を持つ近畿大学より指導を受けて泉南あなご養殖プロジェクトを立ち上げました。
大阪湾で獲れたアナゴの稚魚を蓄養し、ブランドあなごとして寿司や天ぷら用の食材として活用しています。
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アナゴの陸上養殖は行われているか?
上記で紹介した広島県の「内浦あなご」の事例では掛け流し式の陸上養殖が行われています。
陸上養殖は近年大きな注目を集めており、全国各地で水産業に新規参入する企業が増えています。
養殖、蓄養アナゴの寄生虫について
養殖、蓄養アナゴでは、しばしば寄生虫の問題が発生します。これらの寄生虫はアナゴの健康を害し、最悪の場合、大量死を引き起こす可能性があります。そのため、寄生虫の予防と管理は、アナゴの養殖において非常に重要です。
アナゴにはアニサキスがいる
一部地域を除いて生食することが少ないため感染事例はほとんどないようですが、アナゴにはアニサキスが寄生していることがあります。
アニサキスは天然の餌から食物連鎖によって宿主に取り込まれるため、完全養殖が実現すればアニサキスフリー、確実にアニサキスがいないアナゴを刺身で食べることができるかもしれません。
厚生労働省の食中毒統計資料によると令和4(2022)年のアニサキス食中毒発生状況は566件です。天然魚の生食にはリスクがあるため、珍しいからといってむやみに刺身で食べることは慎重になったほうがいいかもしれません。
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まとめ
以上のように、アナゴの養殖には、水産資源の保全と供給安定化という大きなメリットがありますが、一方で技術的な課題や環境リスク、そして高コストというデメリットも存在します。
これらの課題を解決するための研究や開発が引き続き進められており、今後の技術進歩によって、養殖アナゴの生産がより持続可能で効率的なものになることが期待されます。
アナゴの養殖は、アナゴの供給を安定化させ、天然資源を保護するために重要な手段となっています。しかしその一方で、完全養殖への技術的な障害や寄生虫などの問題も抱えています。
養殖アナゴは、美味しさと持続可能性を兼ね備えた素晴らしい食材です。その養殖にはまだまだ課題はありますが、その解決に向けた取り組みは日々進行しています。技術の進歩と消費者の理解によって、持続可能な養殖アナゴの普及が期待されます。